2019年の社会的な動き以降、香港社会は目に見えない形で大きく変容してきました。コロナ禍を経て2023年に経済は部分的に回復しましたが、それと引き換えに、政治制度や社会の空気にも大きな変化が見られます。今回は、経済、政治、社会心理という三つの軸から、近年の香港の変化を見つめ直します。
香港の経済は2023年に実質GDP成長率3.2%を記録し、一見すると持ち直したかのように見えます。しかし、これは主に個人消費によるもので、外部貿易や投資には依然として陰りが見えます。特に、政治的な不透明さや国家安全関連の法律の影響により、国際企業の中には本拠地をシンガポールへ移す動きも見られます。
また、パンデミックの間、低所得層は生活がさらに困窮し、経済的格差が深刻化しました。一方で、高資産層の一部は「ファミリーオフィス」などを活用し、むしろ資産を拡大させています。これらの格差は、香港が直面する社会的課題の一つとなっています。
2020年に施行された香港国家安全維持法は、政治制度に大きな影響を与えました。社会的な活動や政治的な発言の在り方が見直され、多くの関係者がその影響を受けています。政治体制も再構築が進められ、2021年には選挙制度の改革を通じて「愛国者による施政」原則が定着しました。
また、2024年初頭には基本法第23条の本地立法が可決され、安全と秩序の維持を目的とする法的整備がさらに進みました。司法制度においても、国際案件での対応が見直され、国家安全に関する案件は特定の法的枠組みの中で扱われるようになっています。
こうした制度面での再構築の中で、市民の政治参加や発言のスタイルにも変化が見られ、社会全体としてはより慎重で静かな姿勢が広がっている印象です。
2019年当時には社会全体に高い関心と行動意欲が見られましたが、近年では、政治や公共的な議論に対して控えめな姿勢が広がっています。SNSなどにおいても、自己表現に慎重さを加える動きが見受けられます。
さらに、若年層を中心に「移民」や「海外進出」への関心が高まりました。2020年から2022年にかけて、約18万人が香港を離れましたが、2023年には戻ってきた人や新たに移住した人が離れた人を上回り、約1.2万人の人口増加が見られました。
また、アイデンティティ意識にも揺らぎがあり、香港大学の調査によると、「自分は中国人である」と答えた割合が2020年の31%から、2023年には42%へと上昇しました。一方で、広東語の使用率は94%と依然として高く、地域文化への誇りも維持されています。
経済的な面では、香港と中国本土との間での人の往来や経済連携が拡大しています。とりわけ近年は、中国政府が推進する「粤港澳大湾区(グレーターベイエリア)」構想のもと、広東省の主要都市(深圳・広州など)と香港・マカオを経済・インフラ・制度面で一体化させる取り組みが進められています。こうした政策により、地域全体の経済競争力を高めることが期待されています。
たとえば、「港車北上(香港ナンバーの自家用車が中国本土(広東省)に乗り入れできる)」制度を活用し、週末に深圳などで消費やレジャーを楽しむ香港市民も増えています。2023年末には、週末の中国本土訪問者数が一日あたり30万人に達したと報じられました。
一方で、このような広域経済圏への統合が進む中でも、香港独自の文化や言語、生活スタイルを大切にしようという機運も根強く存在しています。独立系書店、香港映画、小規模なアートイベントなどが再評価され、市民の間では「文化の継承」や「地域アイデンティティの保持」を意識する動きが続いています。
いまの香港は、外見上は大きな混乱が少ないものの、その内側では確実に社会構造や価値観の転換が進んでいます。市民は日々の生活を大切にしながら、新しい社会との向き合い方を模索しているようです。
それは決して無関心ではなく、多様な背景を抱えながらも静かに未来への道を選んでいる、香港らしいしなやかな適応力の表れとも言えるかもしれません。