香港では、パンデミック後の2025年現在、「旅」と「移住」がかつてないほど密接に結びついています。
週末の短期旅行から長期的な移住まで、彼らの移動には共通したキーワードがあります――それは“自由”です。
香港国際空港の旅客数は2025年1〜8月で4,030万人に達し、前年同期比で15.4%増となりました。日本、タイ、シンガポールなどの人気は衰えず、特に「週末+有給」を組み合わせた“弾丸旅行”が定着しています。航空券比較サイトでは東南アジア路線の検索数がコロナ前を上回り、“行けるときに行く”という香港人らしい軽快さが戻ってきた印象です。
一方で、夏季には日本旅行をめぐる地震デマが一時的に拡散し、予約キャンセルが急増しました。それでも秋には再び人気が回復し、感情的な揺れを含めた“動的な市場”として注目を集めています。旅行は単なる消費行動ではなく、社会の心理温度を映す鏡になっているといえるでしょう。
週末になると多くの市民が深センや広州へ“北上消費”に出かけています。香港入境管理局の統計によると、休日の口岸通行量(出入境者数・出入境通過者数)がパンデミック前を上回る日も増えています。物価差を活用した消費行動が日常化する一方で、ヨーロッパでは2025年10月から入出境システム(EES)が本格導入される予定です。
初回登録に時間を要するなど、自由な移動にも新たな制約が見え始めています。「自由に行き来できる時代」は、少しずつ形を変えつつあるのかもしれません。
一方で、移民として“長期の旅”に出る香港人も増え続けています。英国のBN(O)ビザでは、2021年以降の累計承認数が18万件を超え、約16万6千人が実際に渡英したとされています。カナダの特別永住プログラム(Stream A/B)やオーストラリアの香港ルートも継続しており、台湾でも2019〜2025年3月までに5万6千人以上が居留資格を取得しています。
こうした数字は、“国家をまたぐ生き方”が一部の特権ではなく、より身近な人生の選択肢になりつつあることを示しています。
しかし、移住が必ずしも幸福への一本道というわけではありません。教育や住宅、社会保障などの壁に直面し、「帰る場所」をめぐる不安を抱える人も少なくありません。香港メディアでは、移民先での孤独や職業格差を取り上げる記事も増えています。華やかに見える移住生活の裏側には、現実的な課題が潜んでいるのです。
旅行は“息抜きの自由”であり、移民は“覚悟を伴う自由”。そのあいだで揺れ動く香港人の姿は、現代アジアのモビリティを象徴しているように思われます。
訪日旅行の再拡大とともに、香港社会の「移動意識」は今後も続くとみられます。日本の観光・教育・不動産関連ビジネスにとって、香港の人々はもはや“一度きりの観光客”ではありません。
短期旅行から長期滞在、そして家族移住へ。その連続線上にあるライフステージをどのように捉えるかが、これからのマーケティングの鍵になっていくでしょう。