台湾は近年、東南アジア諸国との経済的つながりを急速に深めており、その中心にあるのが2016年に始まった「新南向政策」である。
※「新南向政策」とは:台湾政府が2016年に打ち出した外交・経済戦略で、中国市場への過度な依存を避けるため、東南アジア、南アジア、オーストラリア、ニュージーランドとの多元的な経済協力と人的交流の強化を目指す政策です。
台湾は現在、ベトナム、タイ、インドネシア、フィリピン、シンガポールなどASEAN主要国と堅調な貿易関係を築いている。特にベトナムとの関係は顕著で、2024年の貿易総額は約222億ドルに達し、台湾にとって第9位の貿易相手となっている。台湾の輸出品目は半導体、ICT製品、石化製品が中心であり、輸入ではエネルギーや原材料が多い。
また、台湾企業は製造拠点として東南アジアを重視しており、ベトナム、タイ、インドネシアに多数の工場を設立している。2024年には新南向18カ国への投資総額が前年比57%増の87億ドルとなり、特にシンガポールとベトナムが人気の投資先となっている。
新南向政策は、貿易と投資の拡大だけでなく、教育、観光、人材交流など多方面に波及効果をもたらした。東南アジアからの留学生数は近年大幅に増加しており、台湾の大学では東南アジア言語や文化研究が活発化している。また、インドネシアやフィリピンなどから台湾への労働者の流入も続き、社会の多様性が高まっている。
しかしながら、この政策には限界もある。最大の制約は、台湾と東南アジア各国の間に正式な外交関係がないことである。中国の影響力を考慮し、多くのASEAN諸国は台湾との関係深化に慎重であり、自由貿易協定(FTA)などの締結には至っていない。また、台湾の対中依存構造は依然として強く、東南アジア市場だけでは代替が難しいとの指摘もある。
台湾の地理的位置も、東南アジアとの関係において重要な役割を果たしている。台湾は東アジアと東南アジアを結ぶ海上交通の要衝に位置し、台湾海峡やバシー海峡は国際貿易の主要ルートである。この地理的利点により、台湾は東南アジアと東北アジアを結ぶハブとしての地位を確立しつつある。
今後は、デジタル経済、再生可能エネルギー、サプライチェーンの再構築といった分野で東南アジアとの協力を一層強化することが期待される。また、アメリカや日本などとの連携を通じて、地域全体での多国間経済ネットワークへの参加も視野に入れていく必要があるだろう。
台湾と東南アジアの関係は、地理的、経済的、文化的に深い相互依存の時代に入りつつある。政治的制約を乗り越えながら、多層的な関係を構築する台湾の取り組みに、今後も注目が集まる。